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 細胞外から伝わる多くの情報は、初めに細胞膜表面にある受容体(アンテナ)で受け取られ、細胞膜内でその信号を変換して細胞内に伝えます。引き続いて、様々な分子に情報が受け渡され、最終的にその情報は細胞の種々のマシナリー(細胞機能を発揮する一群)や核などの小器官に伝わり、様々な細胞反応を引き起こします。細胞内を伝わる情報経路は複雑ですが、お互い上手く調節しあって間違った信号が伝わらないような監視システムができています。しかし、この経路のどこかに異常が起き細胞が普通に機能を営めなくなると、例えば癌細胞といった悪い細胞に変身してしまいます。ですから細胞内で情報がどのように伝わっていくか詳細に調べて、どういう経路が良くてどうなったら悪い経路に進んでしまうのかを知ることが重要になってきます。

 細胞内情報伝達経路の中で比較的短時間の細胞事象に係わる経路としてカルシウムイオン(Ca2+)を介した系があり、この経路に係わる代表的な分子の一つにイノシトール1,4,5-三リン酸[Ins(1,4,5)P3]があります。Ins(1,4,5)P3は、小胞体が含有するCa2+を細胞質中に放出することにより細胞内情報伝達経路の重要な一翼を担っています。

 私たちは、約10年前にラット脳から分子サイズ130kDaの新しいIns(1,4,5)P3結合性タンパク質(p130)を見いだしました。その後ヒトからも見いだされ、さらに最近になってタイプ2と名付けられるような類似の分子がヒトやマウスでも発見され、一つの新しいタンパク質ファミリーを形成していると思われました。これらの分子は、いずれもホスホリパーゼC-deltaPLC-d)と類似のドメイン構造を有していながらPLCとしての酵素活性はありません。そこで、このファミリーにPRIPPLC-Related Catalytically Inactive Protein, PRIP-1PRIP-2)という名前を提唱しています。PRIP-1分子は、Ins(1,4,5)P3に対する高い親和性ゆえに細胞内で産生されたIns(1,4,5)P3と結合して代謝酵素による速やかな代謝を遅らせる一方で、Ins(1,4,5)P3受容体へのシグナル入力を減弱化して小胞体からのCa2+放出をコントロールする分子であることを明らかにしました。また、酵母two-hybridシステムを用いてPRIP-1と相互作用する2種類の分子、プロテインホスファターゼ1(PP-1)触媒サブユニットとGABARAPGABA Receptor Associated Protein)を見いだしました。PRIP-1は、PP-1と結合しそのホスファターゼ活性を押さえる働きがあることを試験管内の実験で確認しており、様々な調節蛋白質によってその活性と細胞内の標的部位への移送を巧みに調節されているPP-1の調節蛋白質である可能性があります。GABARAPについては最近、抑制性神経伝達物質のGABA(ガンマ-アミノ酪酸)の受容体のうちA型のgamma2サブユニットに結合するとともに、細胞骨格蛋白質であるチュブリンとも結合してGABAA受容体のクラスタリングに役立っている分子であると提案されています。私たちは、このGABARAPPRIP-1がgamma2-GABAA受容体と競合的に結合すること、PRIP-1ノックアウトマウスを用いた電気生理学的、行動学的解析からPRIP-1が正常なGABAA受容体の機能発揮に重要な役割を演じていることを突き止めました。

 現在、GABAA受容体/GABARAPPRIP/細胞骨格蛋白質/プロテインホスファターゼといった役者がどのような分子メカニズムで関わり合うか、さらにこの系にイノシトールリン酸系が如何に関わるかを検討し、不眠、不安、緊張、けいれん、てんかん、記憶などの複雑な脳・精神機能を形成する非常に重要な分子的基盤の1つと言われるGABAA受容体を介した抑制性シナプス伝達の分子メカニズムを明らかにすることを中心とした研究を行っています。

 これらの研究は、日本学術振興会科学研究費・基盤研究(S)/基盤研究(C)/若手研究(B)、日欧科学協力事業(イギリス)・共同研究ほか各種助成財団からの援助により、当研究室のみではなく国内外の多くの研究室との共同研究によって進められています(詳細は、”共同研究の輪”)。